reiwagonennとは

一体全体世界はどこに向かっているのだろう。

自分たちはどこに流されていくのだろう。

耳障りのいい甘美な言葉や映像、仮想の世界に支配されているのとは裏腹に

実際に起こっていることはなんともおぞましい残酷で情け容赦のない厳しい世界、人の温もりを失くした世界。

そんななか弛緩して考えることも放棄させられたような数年間、でも確実に誰もが老いて、少しづつ重荷を背負わ

されていくような目に見えない感覚。

背中を押され尻を叩かれて走れ走れと急き立てられて、いや違う、いいよいいよ、ゆっくりしていきなよ、笑顔を

見せるのは遠い世界の人かどうかもわからない何かで、実際には自分の尻に火が点いていて、しかしどこを見渡し

てもどこに進むべきか道が見えない。

過ぎた道を振り返ることも許されない。今、現在の現実が全て、背後に通り過ぎたはずの道がない。過去に引きず

られる生身の生き物ではどうしても今に遅れてしまう。

 

なんて、シリアスなハードボイルドが似合う世界になってきたのでしょうか、やだやだ。

そんななかで私が思い、考えていること。

どうやったら役に立てるのか。役に立つってどういうことなんだろう。

現代人が失いつつある、しかし生きていくためには必要なことが大事だと勝手に思っています。思ってそっちに向

かわないとなくなってしまいそうで。

キーワードは身体。

死ぬまで身体を酷使する。(いや、ほどほどに)

死ぬまで身体を上手に使い続ける。(時には休みながら)

春は土を耕し、夏は草をとって、秋は落ち葉を掃く。

そして冬は少し沈思黙考し、溜まったゴミと垢を整理する。(古い、結構)

休む暇なんてないですね、人生は。(それでいい、私は?) 2023年1月

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